おおきく振りかぶって 第13話おおきく振りかぶって第13話 夏大開始 「サード!!」 阿部が打った球を田島がキャッチし、素早くパスする。 「監督…できました…」 練習中の西浦ナインのところに、徹夜で桐青高校の詳細なデータを揃えた篠岡がふらふらになって持ってきた。 「桐青のデータね」 「はい」 フラフラで倒れた篠岡を支えるモモカン。 「桐青の各打者の打席の立ち位置…見送った球…手を出したボールカウントと手を出した球のコース…実際に打った球のコースと打球の方向…」 「うんうん」 「すいません。ホームビデオだとストライクゾーン四つに区切るので精一杯で…」 「十分だよ、ありがとう!!ありがとう、ありがとう」 疲れ果てた篠岡を抱きしめたモモカンは篠岡をベンチで横にさせます。 「花井君、阿部君、早速データ解析するよ。田島君、今日はブルペンね」 「はい!!」 早速モモカンは花井、阿部と一緒にデータ解析をするよう声をかけるが、その阿部を三橋が呼び止める。 「投球練習だ。田島でもいいだろ?」 「違くて…今日は見てもらおうと…」 「見るよ、何だよ?」 「今すぐ!!」 阿部に見てほしいものがあると三橋が手に持ってきたのは角材。 「これさ」 「あの角材…」 それはGWの合宿の時、体幹を鍛えるようにと三橋がモモカンから渡されたものだった。 角材の上でワインドアップした三橋を見た阿部は三橋に近づいていく。 「ど、どうですか?」 「お前、これ九時に家に帰ってからやってたのか!?」 「家ではやってない。教室で…休み時間」 「ったく、テメーはホントによぉ!!」 三橋にグリグリ攻撃する阿部。 《桐青に勝ってコイツを有名にしてやる」 「監督、始めましょう!!」 「はい!!」 起こられたと思う三橋だが、怒ってなかったと言う田島。 「声に怒気がなかったもんよ」 「ホ、ホント?」 「あぁ」 三橋の練習着の背中の「1」が薄くなってきていたので、田島は薄くなってるから弱気になっているのだと上から黒マジックで書き足す。 「ありがとう、何か元気出た。田島君はスゴイな!」 「そうか、スゴイか。なぁなぁ、ノーサインで変化球投げようぜその方が絶対面白い」 「うん、俺ノーサインで投げるよ」 「よーし」 「微笑ましいんだけど…あいつらの会話を聞いてるとスゴーク疲れるの」 「俺はね、力が抜ける」 「俺はもう慣れたぜ」 三橋宅では電話がかかってきたので三橋母が電話を取ります。 「はい、三橋でございます」 『はじめまして。私、野球部の花井梓の母ですが…』 「あぁ、花井キャプテンのお母さん」 三橋もフラフラで帰宅してくる。 「まぁ、いつもお世話になってます」 『こちらこそこないだなんかご馳走になっちゃって…』 「ご馳走だなんてやめて。私も料理が苦手なもんだから…買ってきたもの並べただけなんですよ。それより梓君、いい子ですよね」 三橋がお風呂から上がってもまだ電話しているのでご飯が食べられず呆然としています。 花井家でも花井が帰ってくる。 「ただいま。風呂沸いてる?」 「あ、家の子帰ってきた」 「お母さん、ご飯」 『近頃は十時に帰ってきて、シャワー浴びてご飯食べたらあっという間に寝ちゃうのよ。廉君は?』 「家のも…」 ようやく三橋母は三橋が疲れて眠ってしまっているのに気づく。 「あらま、さっきまで起きてたのに一瞬で寝てる」 『あらら、長電話ごめんね』 「ううん、こっちこそ」 『開会式でね』 「うん、開会式で会いましょう」 電話を切った三橋母。 《花井君のお母さん、いい感じだな》 息子の寝顔を見て逞しくなったなと感じた三橋母はご飯の用意もせずにビデオのバッテリーの充電をしに行きます。 開会式を迎え、篠岡は既に席に座っている先輩の元へ向かう。 「しのーか!!久しぶり、抽選会以来だね」 「はい」 「焼けたね」 「先輩も。日焼け止め、いくら塗っても追いつかないですよね」 「汗と水仕事で流れちゃうんだよね」 「うんうん。ほら、手と足の色全然違うんですよ」 「おぉ、見事な部活焼けだ」 お互いに帽子を取り出す。 「しのーかってホントに高校野球好きだったんだね。あんた、ソフトボールも上手かったのに。ねぇ、そろそろ本命が決まる頃だよね?」 「何すか!?」 「いいじゃん、聞いたって。ふ~んと思うだけなんだから。ねぇ、格好いい?」 「いや、皆格好いいし…。私…」 「このいい子ちゃんが!!」 埼玉県大会の開会式が始まり、選手が入場してきます。 選手達側では列が進んでいく。 「なぁ、桐青は?」 「ん?」 「入場行進ってやぐらの番号順だろ?桐青って俺らの後ろじゃなかったっけ?」 「桐青は去年の優勝校だから旗持って先頭だろ」 「ふ~ん」 「成程な。俺の桐青どこかなって思ってたんだよ」 「結構のんびりしてるね」 「ヒヒっ。先頭か、イチイチ差つくな」 「ビビる?」 「ううん」 「な、俺も」 《こんな差ある相手と当たるのに何で俺、ビビッてないんだろ?》 《これもメントレの効果なのかな?》 《俺、田島が移ってんのかな?》 三橋は試合用のユニフォームにも「1」がもらえたので嬉しいようです。 春日部の選手の中にも「1」を見つけ、自分も「1」だと微笑んでると、さっき見た春日部の選手の番号が「2」になっていたので自分もユニフォームを見て「1」が「2」に変わっていないかチェックします。 「三橋、どうした?どっか具合でも悪くなったの?」 「元気だよ」 「すぐ入場だから脱ぐな」 「うん」 行進をしている高校の声が大きく、揃っているので驚いている三橋の手が冷たいかどうか触る田島だが、冷たくなかった。 《俺達負けないぞ。大きな声で」 「行くぞ!!」 西浦高校野球部も入場行進する番がやってきました。 ビデオ撮影している花井母と三橋母。 「三橋さん、ほら、西浦出て来た」 「え、どこ?どこ?」 「前見て、前!!今、門から出きった。家のは分かる、一番前」 「やだぁ、うちの子どれか分かんなぁぁい」 しのーかも西浦高校の入場行進に涙しています。 「分かる、分かる。当たり前なことに感動するよね」 「本当に夏が始まっちゃったんだ。どうか、どうか、皆が一つでも多く勝てますように」 「はぁ、終わった終わった」 「始まったんだろ?」 「おお、そっかそっか」 「お客がいっぱいいたね」 「高校野球ってスゴイね」 「花井!!花井!!」 花井が振り返ると、花井母が手を振っていた。 「ちょっと、何で名前で呼ばないの?」 「梓って人前で呼ぶの怒んのよ。折角いい名前付けてあげたのにさ」 「うっせぇな!!」 「あら、どうも。見てたよ」 「用は?」 「監督は?」 「いねえ」 「どこにいるの?」 「知らねえ」 《うわぁ、花井君もお母さんはこんななんだ》 「あれ、もしかして花井君のお母さんですか?」 「あ、監督」 「監督さん、はじめまして。花井の母でございます」 「百枝です。花井君!!」 「はい!!」 「今日のメニュー分かってるよね?」 「はい!!」 「うん。じゃ、気をつけて戻って」 「はい!!」 「うわぁ、何かスゴイわ。家の子、こき使って下さいね」 「花井君、しっかりしていますよね。言わなくても動いてくれるからとっても助かってるんですよ」 「そ、そうですか?実は中学時代でもキャプテンやってたんです」 「へぇ、スゴイ」 「あ、監督。こちら、三橋さんです」 「あぁ、やっぱり!!似てますね」 「あ、えっと…家の子、一番なんかもらっちゃってて…」 「背番号ですか?」 「あの子で、だ、大丈夫ですか?」 「彼、とってもいいですよ。あんなに投げるの好きな子いないですよ」 「そ、そうなんですか?」 「お家でもよく練習してるでしょ?」 「はい…寝てるか食べてるかボールいじってるかで…あの、私、中学時代あの子と一緒に住んでなかったんです。中学でもピッチャーやってたんですけど、一回も見たことなくって…」 「これからいっぱい見られますよ!!三橋君、カッコイイですよ」 「ホ、ホントですか!?」 「えぇ」 「私ね、ずっと監督さんにお礼言いたかったんですよ。家の子、家じゃあんまり話さないんですけどね。今の野球部は本当に楽しいみたいで監督や先生のことを褒めるんですよ。中学ではそんなことなかったんですから。すいません、今まで全部お任せしてしまって。私達ちゃんと父母会作って、皆でお手伝いしようってさっき三橋さんと話したんですよ。おにぎりの具とかも協力できると思うんですよ。他にも何かできることあったら言って下さいね」 「はい、ありがとうございます!!」 「あ~ドキドキすんな」 「え?何で?」 「初対面の人と会うのはドキドキすんだよ」 「皆、いい奴だよ」 「オメーはいいよ、何人か同じクラスの奴がいるんだしよ」 「それに一人は中学の部活の後輩なんだろ」 「あぁ、泉ね。もはや全然後輩じゃないけどね」 「あとは野球部ってのがもーなんか怖い」 「あ、分かる。運動部って感じすんだよ」 「おい、大丈夫かよ。お前らこれから野球部の援団やるんだぞ」 「あ、浜田、何だその格好」 「どう?俺の団長スタイル!!」 「カックイー!!変なの、うわぁ、いいないいな」 「そんなに?」 「変なのって言わなかった?」 「遂に明日だからよ、お披露目。あと、あいつら一緒に援団やってくれるっつうから一応面通し。去年のクラスメイトなんだ」 「よ…」 「よろしく…」 「ちわっ!!」 「ちわっ!!」 「ちわっ!!」 挨拶してもらってゾクゾクッと感動している梅原と梶山。 「あ、そうだ。三橋」 三橋は知らない人がいるので怯えています。 「明日、知らない人結構集まりそうなんだけど…」 「結構ってどのくらい?」 三橋は阿部に呼ばれていく。 「逃げた…何で?結構って言っても二百人くらいだけどね」 「二百人も!?」 「集めすぎたかな?投手がビビんないようにフォローしといてくれる。っつうか三橋ってあんなおどおどした奴だったかな?」 「ちっす」 「よ、泉」 「お疲れ」 「いいんだけど、何かわざとやってね?」 「律儀に冬服着るんだ?暑くね?」 「暑ぃけどさ、援団は冬服を着るもんなのさ。それにほら、俺肘伸びんないけど長袖だと中で上手く腕を回せば誤魔化せるんだぜ。ほら、ほら、型上手く見えるだろ?」 応援団の動きをしてみせる浜田。 「肘?」 「こいつから何も聞いてない?」 「わざわざオメーの話なんかしねーよ」 「ハハハハハ、そうだよな…。ってゆーかテメーは元後輩のクセして最近ホントにヒデーな」 「肘悪ぃの?」 「え、あぁ、リトルリーグ肘ってヤツ」 《リトルリーグ肘って…確か子どもが投げすぎてなるヤツだ。やっぱり、この人もそれなりに野球やってた人なんだ…、。肘が曲がってるって事は骨が成長障害を起こすとこまでいっちゃってるってことで…》 力比べしてた泉と浜田だが、泉の頭突きに敗れてしまう。 「中学じゃ騙し騙しやれてたんだ。バット振るのは問題ねえんだし、本気で野球やりてえなら今頃医者通ってるはずだろ。はぁ…花井が深刻になる価値、こいつにねえの」 浜田はこの口が言ってるのかと泉の口を叩いたりします。 《三橋の幼馴染で、泉の先輩で、でも、それだけで応援団やれるか?友達まで巻き込んで、二百人も人集めて、炎天下に冬服既婚で…》 「浜田さん、援団やってくれてありがとう。応援よろしくお願いします!!泉、グラ整やっちゃおうぜ」 「野球部に入ってもらいたいって言えばいいじゃん」 「身体がついていかないんだってさ」 「あ~あ、あんな純情そうな子騙して」 「騙してねえだろ?」 「いや、今の、浜田さんの夢は引き受けたくらい思ってたぜ」 「留年の理由、奴らに言ったのかよ?」 「だって、あいつら綺麗な心なんだもん…」 「ま、確かにオメーの汚れた過去で球児の耳を汚すこともねーけど」 「馬鹿は馬鹿だしな」 「援団、引き受けてくれてありがとな」 「それは別に…」 「暇だからいいしよ」 「デヘ」 「「キモ」」 「さてと」 三橋が正座していることに気づく阿部。 「各打者の特徴は覚えてあんだろうな!?おい、データ渡してから一週間あったんだぞ!!やる気…」 《…はあんだよな、こいつ》 怯える三橋に仕方ないと思う阿部。 「いーよ、じゃ今から桐青レギュラーの得意コースと不得意コースだけ頭に入れろよ。それならこの一枚だけだからさ」 プリント一枚受け取る三橋。 「あわわわわわわ…」 プリントを見ているだけで眠たくなってくる三橋がウトウトしているのに気づいた阿部はベンチを強く蹴って起こす。 「はーい、起きて下さーい」 「でも…」 「何?」 「俺は投げるだけで…」 「だからさ、その投げる時に…俺が外ギリギリに構えたとして、そこをその打者が好きか嫌いか知っとかねえと内外どっちがヤベーのか分かんねーだろ」 「お、俺…知ってても考えない」 「はぁ!?」 「あ、阿部君が構えたトコ投げるだけだから…」 「そうだとしても!!こんくらいは把握してくんなきゃ打ち合わせがムナしいんだよ。十分で覚えろ」 「十分!?」 「よーい、どん」 《そりゃ、俺がそうしろっつったけど、改めて言われると嬉しいもんだな。。それにこいつが言うと重さが違う。こいつは本当に俺が要求したトコに投げられるんだ。しかし、流石のコイツもコントロールに関しては自信あんだな。投げる相手も投げる舞台も関係ねえみてーに。自信ってより俺への信頼か?信頼されるって嬉しいけど責任重大なんだ」 十分で覚えるの必死で三橋は涙を浮かべています。 「何だってこんなものが覚えらんねえんだよ!!ちったぁ工夫しろ。名前と関連つけるとか何とかあるだろ!!」 「よーし、上がろう」 「うっす、お疲れさんでした」 「あ、準太。あのな、明日試合朝一だろ」 「はい」 「ブルペン寄らずに行くだろうから一応言っとく。一応な。お前とも長い付き合いだけど特にこの一年はバッテリーで世話になった。ありがとな」 「何で今言うんすか?」 「え…やっぱりブルペンで一番多く受けたし、明日はここじゃ投げないから」 「明後日投げるでしょ」 「…そっか、明後日投げるか」 「そっすよ」 「分かった、こう言やいんだ。今日で練習は終わりだ。色々厳しいことも言ったけどここまで付き合ってくれてありがとう。明日っからが本番だ。よろしくな!!」 「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」 試合当日 「揃ってるね。じゃ、行こうか」 「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」 次回、「挑め!」 |